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世界中の人々に「ヒューマン・ライツ」を!―― ヒューマン・ライツ・ウォッチが日本にオフィスを開設
 人権侵害に関する調査報告や監視活動で世界的に知られる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch、以下HRW)が、今春、アジアで初めて東京にオフィスを開設する。その代表となるHRW東京ディレクターの土井香苗さんに、日本にオフィスを開くにいたった経緯、日本での活動内容や今後の方針、さらに土井さんが人権侵害に関する問題に取り組むようになったきっかけなどを、本誌編集長・川井龍介がきいた。
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1. 資金集めはとても楽しい!
2.ようやく開設した日本オフィス 世界で18番目
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資金集めはとても楽しい!
川井
ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下、HRW)の東京事務所開設が目前に迫っていると聞きました。現在は具体的にどのような活動をされていますか。
土井
 2009年4月に立ち上げるというスケジュールで準備を進めています。正式名称は「ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京オフィス」。事務所所在地は、今、最終決定段階です。法人格についても、昨年12月に施行された新公益法人法に沿って、いま申請準備をしているところです。最終的には寄付金控除団体となれる公益財団法人になることをめざしています。
川井
最初は何人くらいの事務所になりそうですか?
土井
 最初はまず、私とアシスタントの2人から始めようと思っています。仕事はたくさんありますので、私の希望としては、4~5人くらいの規模にはしたいなと思っています。寄付がどれだけ集まるかにかかっていますが。
川井
2008年3月に「HRW東京オフィス設立を応援する会」を開いたと聞きました。HRWをサポートしてくれる中心は、若手の経済人のようですね。
土井
 HRWのポリシーとして、政府や政府系団体からの寄付は受けないことになっているので、HRW全体でみても、個人と私立の財団からの寄付がほとんどを占めます。企業からの寄付はあまり多くありません。個人からの寄付については、多額の寄付をしてくださるビジネスマンも多いのですが、額は少しずつでもがんばって寄付してくださる方々もたくさんいます。日本では、資金が潤沢な私立財団があまりないという事情があり、さらに国際交流基金のような政府系基金も頼れないので、ビジネスの第一線で活躍している方に頼るしかないですね。グローバルなマインドがあり、かつ調査とそれに基づくアドボカシー(advocacy=ロビーイング・政策提言)という日本ではまだ新しい考え方を理解し賛同してくださる方を探しました。
川井
具体的にはどのような人たちですか?
土井
 3月のレセプションでは10名の方が発起人になって下さいました。例えば、マネックス証券株式会社の松本大さん(社長CEO)や、あすかアセットマネジメントリミテッドの谷家衛さん(ファウンディング・パートナー、CEO)や、クオンタムリープ株式会社の出井伸之さん(社長、ソニーの元CEO)とか、渋澤健さん(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社社長)など。ただ、サポートの仕方にもいろいろあると思います。寄付してくださるみなさんも、主に企業としてではなく、個人として寄付してくださっています。
川井
企業として応援してくれているところはないのですか。
土井
 株式会社朝日ネット(インターネット接続サービス「ASAHIネット」を運営)などが企業としても寄付して下さいました。ただ、今のところ、残念ながら、企業の寄付はあまりないです。
川井
企業が寄付など経済的な援助をしない、という状況はヨーロッパやアメリカでもそうなのでしょうか?それとも、日本がとくにそうなのでしょうか。
土井
 日本は、欧米と比較して、個人の寄付額は非常に少ないですが、企業の寄付はそれほど少なくはありません。HRWに対する寄付が今のところ個人中心なのは、HRWがもともと個人に寄付の重点をおいているということもあると思います。それから、これは想像なのですが、日本の企業の場合は、「環境」などには随分と積極的になってきましたが、まだ「人権」は難しい、と思っているのではないでしょうか。たとえば、WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.(映画、ビデオ・DVDの企画制作、販売などを展開する企業)といった企業のトップは、HRWの活動に理解があって、個人としてのみならず、法人としても多額の寄付をしてくれていますし、そうした企業もあります。ただ、HRWとしても、寄付してくれる企業に束縛されることなく活動するために、企業からの寄付金額には限度が設けられています。
川井
ファンドレイズ(資金調達)の先としては、ビジネスをやっていらっしゃる方ということですね。
土井
 ビジネスパーソンに限る訳ではなく、もちろん志のある方々で、少しずつ寄付をしてくださる方々もいらっしゃり、これはとてもありがたいです。特定の何人かからしか運営資金をもらっていないという状況では、もし何らかの事情で、支援を続行してもらえなかった場合、HRWの運営にも支障をきたしてしまうので、できるだけ多くの方から寄付をいただきたいと思っています。HRWの英語のWebページを見ていただくと、1ヵ月ごとに20ドルとか、自由に金額を設定してクレジットカード決済で、個人で少額であっても継続して寄付してもらえる仕組みがあります。日本語のWebページにはまだないので、早く作らないといけませんね。
川井
寄付の裾野を拡げるのが苦労されているところですね。
土井
 確かに苦労しています(笑)。でも、とても楽しいんです。私がHRWに行ったきっかけを作ってくれたのが、国際交流基金の「NPOフェローシップ」という国際的なNGOに人材を送るというプログラムでした(注:平成19年度で終了)。その時、HRWに私が応募したのは、内容自体に興味があったのはもちろんですが、日本のNGO活動で一番弱いのはファンドレイズだと思っていたからでした。私もはじめ、日本のNGOで活動してきて、NGOにずっと貢献したいと思っている有能な人がたくさんいるにもかかわらず、収入が見込めずフルタイムで働くことができない、資金調達がうまくいかないので、やる気があっても活動を大きくすることができない、という実態をたくさん見てきました。ですから、HRWのような大きい団体がどのようにお金を集めて運営しているのかに興味があったんです。実際に入ってからは、仕事の中身の方がおもしろくなって、ファンドレイズのリサーチは後回しになったのですけど(笑)
 日本のcivil society(市民社会)が強くなるにはやはり、活動をしているNGOにどれだけお金が流れていくかということが大事だと思います。もちろん政府からのお金で運営していくのもいいのですが、そればかりに頼ってしまうと、どうしても政府の下請になってしまうというか、自立した活動がしにくい。HRW本部で私が学んできたこと、これからやろうとしていることは、日本ではまだ新しいと思います。日本のNGOで活動していたときは、華々しく活躍する経済界の方々に会ってみようなんて、アイデアすら浮かばなかったので。
川井
企業でも個人でも政治的、思想的にバイアスのかかっていない人なら有名人でも、芸能人でも政治家でも、誰でもいいわけですよね。
土井
 そうです。素敵な舞台を見せてくれる役者のスポンサーになりたくなるのと同じように、すばらしい活動をしているNGOにお金を出したい、という文化が生まれるのを期待しています。HRWの活動内容には自信をもっていますので、自然と寄付金に結びついていってくれると思います。
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ようやく開設した日本オフィス 世界で18番目
川井
日本のオフィスというのは、HRW全体の何番目になるんでしょうか。経済力から考えると、日本にオフィスができるのが遅いのではないかと感じるのですが……。どうしてこれまでなかったのでしょうか。そしてなぜ今、設立する動きになったのでしょうか。
土井
 私自身も「遅いよ!早く来てよ!」と思っていました(笑)。来なかったので自分で連れてくることに……(笑)東京は、世界で18番目にできるオフィスです。
 残念ながら、日本政府が、世界政治の中で、グローバルな「人権」保護のためにリーダーシップを取っていなかったことが、ひとつあると思います。HRWは、世界中の政府に対して「人権」問題解決のために動いてもらうように働きかけることが大きな役割ですが、そもそも日本政府に働きかけても、政治的なリターンがあまり期待できない。それで、日本に投資するインセンティブがそれほどわかなかったのだと思います。また、本音と建前が違う(?)日本文化が、西欧人には理解が難しかった面もあるかもしれません。必ずしも賛成していなくても、微笑んで「がんばってください。私たちも努力します」というような態度とか……(笑)。ただ、ODA大国日本は影響力があり、本当はグローバルな人権保護のための潜在的な力を持っているという認識はずっとあったので、私がHRWに現れたことで、困難があっても日本でやってみたいという日本人が現れたので、では日本にもオフィスを作ろうという話になりました(笑)。
川井
本部には日本人スタッフはいるのですか?
土井
 いいえ。私が日本人として初めてだったのです。日本人がもっと早くからいれば、もっと早くに東京にもオフィスがあったかもしれませんね。鶏が先かタマゴが先か、という話になりますが、国際機関には日本人が少ない。国連スタッフに日本人を増やしたいと政府もがんばっていますが、なかなか増えないようです。それに、日本に期待したい、ぜひ日本政府に動いてもらいたいという強い希望がないならば、国際機関もあえて日本人がほしいとは思わない。
 HRWのひとつのポストには、300倍ぐらいの応募があります。夏のインターンでも100倍近くあるらしいです。私の場合は、当初、正規職員ではなくて、フェローシップで、HRW側には金銭的な負担が無かったので入りやすかったのですが、それでも採用されるかどうか、決まるまでドキドキしました。
川井
日本人からのHRWへのアプローチも多くなかったということでしょうか。
土井
 はい、その通りです。私はHRWの側も、もっと早めにアプローチすればよかったと思いますが、HRW自体、もともとは米国を本拠とするNGOで、この10年くらいで急速に国際化しました。東京が、アジアで最初のオフィスになります。この10-15年でヨーロッパに進出し、多くのオフィスができました。でも、アフリカでは、まだ南アフリカ共和国にあるだけです。中南米にもオフィスがまだありません。通信社の特派員に該当するような「調査員」は、世界中にたくさん配置されていますが、各国政府あてにアドボカシーをするオフィスの数は限られています。
川井
日本はこれだけ経済力があって、英語が流ちょうな有能な人材が、ビジネスでも学問でもいろいろな分野で世界中で活躍していますね。それなのに、日本語でいうところの「人権」というものに対する関心が低かったということですかね。
土井
 そうだと思いますね。日本はいわば谷間なのかもしれません。世界中の人権問題について解決しようと行動を起こす国ではありませんし、HRWの報告書に載るような深刻な人権問題を起こしている国でもない。日本でも人権問題と言われるものはありますが、民間人の虐殺だとか拷問だとか、紛争下での大量の難民や国内避難民だとか、そうした深刻な問題は、どこかの遠い国の問題としてとらえられてきたんだと思います。深刻な問題を解決するのに、自分たちが具体的に何ができるかと、主体的に考える国でもありません。他人事感がぬけません。
川井
今後、日本政府に対してどのような働きかけをし、具体的にどういった人たちにHRWの活動を伝えていきますか?
土井
 HRWは、世界でもっとも人権に関する情報を持っている機関です。ですからロビー活動と言いますか、政府を動かせる人たちや外務省の担当部署、興味を持っていただける方、記者の方々へ情報提供や、解決策の提案を考えています。
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 
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